甲状腺内視鏡手術について(医療関係者向け)
甲状腺内視鏡手術の導入にあたって
 2020年4月に厚生労働省が定めるところの甲状腺内視鏡手術の施行基準を当院でも満たすことができましたので、2020年6月より甲状腺内視鏡手術を開始しました。当初は良性疾患(良性腫瘍、バセドウ病)に限定しておりましたが、2021年1月より悪性疾患(甲状腺癌)にも適応を拡大しております。
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 内視鏡手術は現在、外科(呼吸器、心臓、消化器、乳腺、小児)、泌尿器、産婦人科などの各領域で行われていますが、その本来の目的は「手術切開および手術による剥離範囲を可能な限り小さくすることによって、痛みと体への負担を軽減し、術後回復を早めること」です。2000年前後から各診療科で本格的に導入が進み、2020年現在、主要な手術の大部分で内視鏡手術が行われるようになりましたが、甲状腺疾患への内視鏡手術の導入はほとんど進んでいません。その理由の1つは甲状腺内視鏡手術は先に述べた内視鏡手術の本来の目的に反しているからです。本邦で主に行われている甲状腺内視鏡手術の方法はVANS法(Video Assisted Neck Surgery)と呼ばれるものですが、この方法は鎖骨の下の3-4cmほどの小切開から甲状腺の片葉もしくは両葉を摘出し、傷を衣服の下に隠して目立たなくする手術法です。この方法だと通常の手術と比較して甲状腺までの到達距離が長いため、皮下剥離の範囲が広くなります。そのため創痛や体への負担がむしろ増えます。この点が胸部や腹部の内視鏡手術と異なる点です。すなわち、甲状腺内視鏡手術では「通常手術より剥離範囲が広がり、それに伴い痛みが増強し、術後回復を遅らせる」と言える訳です。また、内視鏡手術の常として通常手術より1.5-2倍ほどの手術時間がかかってしまいます。そういったこともあって甲状腺内視鏡手術に否定的な見解を取る医師もおり、あくまで大学などの特殊な施設で臨床研究として行うべき手術、厚労省から認可されていない手術という扱いでした。
 それでは甲状腺内視鏡手術の利点は何かと言うと整容性の1点につきます。通常の甲状腺手術では頸部に4-8cmほどの傷ができます。皺に沿って適切な位置で切開し、形成外科的手技で縫合すれば傷はほとんどの場合目立たなくなりますが、若年者(思春期~30歳代)、短頸、肥満もしくは大きな乳房、といった要因があると傷が目立ってしまうことがあり、それを術前に的確に予測し、対処することは困難です。
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(写真)手術の傷が衣服で隠れる部位となります。抜糸前の状態です。

 首は他の部位と異なり通常衣服では隠れない部位なので、傷が目立った場合の患者さんの精神的な負担は大きなものがあります。この点を改善することが甲状腺内視鏡手術の最大の目的です。当然ながら内視鏡で手術を行ったからといって傷自体がきれいに治るわけではありません。あくまで、傷を首の目立つ位置から衣服で隠れる部位に移動させることが本手術の基本的なコンセプトであり、その目的のために内視鏡を使用している訳です。また、先にも述べたように体への負担が若干増えることにはなりますが、整容性のためにその点については鎮痛薬の増量などで対処するということになります。他の同様の例として、乳癌において乳房切除をした後に腹直筋皮弁で乳房再建を行う場合が挙げられます。わざわざ健常な腹直筋に余計な侵襲を加えて乳房を再建するので、当然体に負担がかかりますが、それでも整容性を求めてこのような手術を受ける女性は一定数いらっしゃいました。この乳癌における根治性と整容性を両立させるという考え方はオンコプラスティックサージェリーという名称とともに近年広く普及、発展してきています(オンコはoncology【腫瘍学】、プラスティックサージェリーはplastic surgery【形成外科】)。甲状腺内視鏡手術も甲状腺分野でのオンコプラスティックサージェリーであり、その目的達成のために内視鏡を使用しているだけということになります。乳房再建手術は「美容目的」ということで当初は乳癌手術との同時施行が保険診療で認められない時期がありましたが、現在では認められています。甲状腺内視鏡手術も熱意を持って普及を図ってこられた先生方および日本内分泌外科学会の働きかけによって、2016年に良性腫瘍やバセドウ病で保険診療が認められ、2018年に悪性腫瘍でも認められました。また、2020年4月には甲状腺内視鏡手術に不可欠な2つの機器(神経刺激装置と超音波凝固切開装置)の使用も保険診療で認められました。
 以上、一般病院でも甲状腺内視鏡手術を施行する環境が整ったことから、当院でも2020年6月より甲状腺内視鏡手術を導入いたしました。当初は良性疾患(良性腫瘍、バセドウ病)に限定しておりましたが、2021年1月より悪性疾患(甲状腺癌)にも適応を拡大しました。また導入当初はVANS法で行っていましたが、衣服で傷が隠れても前胸部の傷が逆に目立ってしまう症例を経験したことから、最近は甲状腺内視鏡手術の世界的標準法の一つである腋窩(えきか)に傷を置く方法(腋窩アプローチ)も採用しています。この方法はVANS法より難易度が高く、手術侵襲も若干大きくなりますが、整容性の点では明らかにVANS法に勝ります。
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(写真)右の腋窩アプローチ術後の写真。手術の傷が腋窩にあり、腋窩のしわと区別がつかなくなり、また体幹のラインと合わさることで目立たなくなります。胸元が大きく開いた服でも当然ながらそこに傷はありません。
 甲状腺内視鏡手術は手技的に難しい点があることから、すべての甲状腺手術に適応がある訳ではありませんが、内視鏡手術の適応と考えられる方には担当医より選択肢として内視鏡手術と通常手術の2者が提示されます。メリット、デメリットの説明を聞いた上で本人さんの意思で決めていただくことになります。現在、甲状腺内視鏡手術の適応は以下のように設定しておりますが、詳細は担当医に御確認ください。

内視鏡手術の適応
A. 甲状腺良性疾患
 ・腫瘍最大径4~5cm程度で、細胞診で「良性」の方。
  細胞診で「濾胞性腫瘍」と判断された方は適応からはずれることがあります。
 ・バセドウ病の手術適応がある方で、甲状腺重量が比較的小さい(30~40g程度)方。
B. 甲状腺悪性疾患
 ・細胞診で悪性(乳頭癌など)の所見が得られ、以下の条件を満たす方(cT1N0)。
 1. 腫瘍径が2cm未満で、気管や食道、反回神経などに浸潤を認めない。
 2. 超音波検査で明らかなリンパ節転移を認めない。
 3. 腫瘍が反回神経に近接していない。(腫瘍が背側にない。)
 4. 喉頭内視鏡検査で反回神経麻痺を認めない。
 5. 腫瘍が上喉頭神経外枝に近接していない。(腫瘍が頭側にない。)
 現状では手術時間や手技上の難易度などを勘案し、片葉切除に適応を絞っております。

 最後に、甲状腺内視鏡手術の施設認定にあたり、御指導御協力を頂いた鹿児島大学乳腺・甲状腺外科の中条哲浩講師、南幸次先生に深く感謝いたします。

 院長 佐藤 伸也


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