はじめに
バセドウ病とは、自己免疫が原因で過剰に甲状腺ホルモンが分泌され、体重減少、代謝亢進、動悸、手の震えなど、様々な症状が生じてくる病気です。バセドウ病の治療には、「薬物治療」「放射性ヨウ素内用療法」「手術」の3種類があります。
バセドウ病の診断
甲状腺ホルモンが高ければすべてがバセドウ病というわけではありません。バセドウ病の他に “無痛性甲状腺炎”、“プランマー病”、“亜急性甲状腺炎”などの甲状腺ホルモンが高値となる病気があります。これらの中には、バセドウ病の治療薬(抗甲状腺薬)を使用すべきではない病気もありますので、正確な診断をつけることが重要です。
甲状腺ホルモンが高い(FT4、FT3が高く、TSHが低い)ことに加え、TRAb(あるいはTSAb)が陽性であれば、98%程度の確率でバセドウ病です。診断が難しいケースでは確定診断のために放射性ヨウ素摂取率(あるいはテクネシウム摂取率)の評価を行うこともあります。また、頸部超音波検査も診断の助けとなります。
抗甲状腺薬による治療
バセドウ病の診断が確定すれば、一般的にはまず抗甲状腺剤(メルカゾール、プロパジール(チウラジール))で加療を行います。抗甲状腺薬での治療期間は、スムーズに改善する方で2年程度、病状によってはそれ以上の期間を必要とします(2年で抗甲状腺薬の休薬に至るのは3割程度との報告もあります)。
抗甲状腺薬による副作用(顆粒球減少症、肝機能障害、湿疹やかゆみなど)を生じることがあるため、治療開始初期は注意が必要です。
抗甲状腺薬の副作用
抗甲状腺薬は2種類のみなります。“メルカゾール”と“プロパジール(チウラジール)”です。プロパジールとチウラジールは製薬会社が異なるため商品名が違うだけで全く同じお薬です。
5%程度の頻度の副作用として、かゆみ、蕁麻疹、肝機能障害があります。いずれも程度が軽ければ対症療法や抗甲状腺薬の減量で内服を継続することができますが、程度がひどい場合は内服の中止が必要となります。
稀なものでは、関節痛、発熱、低血糖(メルカゾール)、血管炎(特にチウラジール)などが挙げられます。
抗甲状腺薬の副作用で0.1-0.5%程度の稀な頻度ですが注意すべきものとして、無顆粒球症があります。発症してしまうと重篤な細菌感染症のリスクとなりますので、治療開始後2-3ヶ月以内の時期は2-3週間に1回程度の白血球数のチェックが推奨されています。抗甲状腺薬で治療中に、38℃以上の発熱やひどい咽頭痛を認めるときは医療機関に相談するようにしてください。
副作用が生じた場合
通常、抗甲状腺薬の副作用は内服開始後、10-14日程度経過してから出現し始めます。
副作用も程度が軽いものであれば、上記のように薬剤の減量などで内服治療を継続出来ることもあります。また、副作用の内容によっては、副作用改善後に使用していないもう一方の抗甲状腺薬へ変更してみることもできます。
副作用のため薬物療法の継続が困難な場合は、前述のアイソトープ治療や手術を検討することとなります
放射性ヨウ素内用療法
放射性ヨウ素内用療法(アイソトープ治療)は、放射性ヨウ素カプセルを内服し、その放射性ヨウ素が甲状腺に取り込まれ、甲状腺でβ線(ベータ線)という放射線を出すことにより甲状腺を破壊し甲状腺ホルモンの分泌を低下させることで効果を発揮します。放射線を使用した治療なので妊婦・授乳婦は対象外となります。また近い時期に妊娠を希望される方や18歳以下の方も積極的な適応とはなりません。
放射性ヨウ素内用療法後の甲状腺機能低下は一般に治療効果(バセドウ病の再発がない状態)と考えます。仮に内服をしなくて良い状態となっても時間経過とともに甲状腺機能低下に移行することが稀ではありませんので、治療後に投薬がなくなっても年1回程度は甲状腺機能の経過観察が必要です。
・バセドウ病の放射性ヨウ素内用療法について、腫瘍・免疫核医学研究会ホームページにより詳しい情報がございます。
腫瘍・免疫核医学研究会ホームページ
・バセドウ病の放射性ヨウ素内用療法とがんの関連性について、田尻クリニックの田尻淳一先生が最新の知見を踏まえまとめられています。
田尻クリニックホームページ
手術による治療
手術療法は、1)抗甲状腺剤で副作用のある患者さん、2)腫瘍の合併している患者さん、3)抗甲状腺剤の治療で非常に治り難い患者さん、4)短期間での治療を希望する患者さんなどに選択されますが、2)の腫瘍の合併症例以外は、放射性ヨード治療も選択することが可能です。3)の内科的治療で治り難いかどうかは経過をみなければ判りませんが、初診時にある程度見当がつきます。甲状腺腫が大きく血液中の甲状腺刺激抗体(TRAb)の高い患者さんでは治りにくいことがわかっています。内服開始後の甲状腺腫の大きさや甲状腺刺激抗体の推移、薬への反応をみて治りやすいかどうか判断することもできます。手術療法では短期に機能亢進は治りますが、入院が必要となり手術瘢痕が残ること、反回神経麻痺(声帯の動きを調節する神経を損傷することにより、声がかれたり飲食でむせたりする)や副甲状腺機能低下症(血液中のカルシウムを調節している副甲状腺ホルモンが低下して、カルシウムが低くなり手や顔面がしびれる)が生じることがあるのが短所となります。もちろん甲状腺機能が低下あるいは再発する可能性もあるので、生涯にわたり完全治癒を保証できるものではありません。上記のような短所があっても長所の恩恵が十分上まわると考えられる患者さんに手術をすすめています。
術前処置と術式の選択
原則として、薬で血液中の甲状腺ホルモンを正常化させたあとに手術を行います。手術の1週間前より、甲状腺への血流を少なくして手術中に出血しにくくする目的で、ヨード剤(ヨウ化カリウム丸)を飲んでいただきます。副作用のため薬が使えない患者さんには、ヨード剤とβ遮断薬(脈拍を抑える薬)で甲状腺機能を下げるようにしています。これらの患者さんでは甲状腺ホルモン値は正常化しないうちに手術を行なうこともあります。大きな甲状腺腫を有するバセドウ病患者でかなりの出血が予想される場合は、術前に自己貯血(自分の血液を保存しておき、輸血が必要な際にそれを本人にもどすことで他人からの輸血を避けることができます)をしています。自己貯血は手術前に1,2回(1回について400ml)必要です。私は今までに1000人以上のバセドウ病患者さんの手術を担当しましたが、自己貯血による輸血のみ(自己貯血施行患者は5名前後)で他人からの輸血が必要となったことはありません。
バセドウ病の手術についての考え方は、甲状腺全摘出術(甲状腺を全部とること)あるいは準全摘出術(甲状腺を1グラム程度を残す)で術後甲状腺機能低下を目指すか、あるいは機能正常化を目指すかの二通りがあります。術後の甲状腺機能の正常化を期待するには、左右合わせて4~6グラム程度残す甲状腺亜全摘出術が必要ですが、残念ながら永久に甲状腺機能を正常化させる確実な方法はありません。甲状腺を多く残せば再発の可能性が高くなるし、少なく残せば機能低下の可能性が高くなるということです。尚、甲状腺癌が合併する場合、手術方法は腫瘍の位置、大きさ、リンパ節転移の有無により違ってきます。甲状腺を全部とれば一生甲状腺ホルモンを飲む必要であり、反回神経麻痺(声帯の動きを調節する神経を損傷することにより、声がかれたり飲食でむせたりする)や副甲状腺機能低下(血液中のカルシウムを調節している副甲状腺ホルモンが低下して、カルシウムが低くなり手や顔面がしびれる)という合併症の頻度が高くなります。
先に書きましたが、甲状腺ホルモンの内服に関しては、副作用もない安価な内服薬があり、また長期処方が可能になりましたので、患者さんにとっては受け入れやすくなっているようです。ただし、合併症の頻度は外科医の技術によってかなりの違いが報告されています。再発を絶対避けたい場合もありますので、患者さんに十分な情報を提供し、手術に至った背景や患者さんの希望などを考慮して手術法を決めることが望ましいと思います。年齢・性別(女性であれば結婚前あるいは後、受胎希望)・甲状腺腫の大きさ・刺激抗体の値・腫瘍の合併・副作用の有無・眼症の有無・治療経過などから総合的に判断して術式を説明し、最終的には患者さんに選択していただくようにしています。そのような経過より、以前の施設では基本的には一律に甲状腺亜全摘術を行なってきましたが、現在は甲状腺準全摘術、あるいは全摘出術の割合が増えてきました。
(補足)
手術に関しては、昔は内服なしで甲状腺機能が正常となるところを目標とし甲状腺亜全摘術という術式を選択している施設が多くありました。しかし、この術式の場合、甲状腺の組織をある程度残すため、術後の再発が問題となっていました。また、この術式で手術を行っても、完全に甲状腺機能正常となる症例は3割程度で、7割の方は軽度のもの含めた甲状腺機能異常が残存するとの報告があります。
このような背景があり、最近は甲状腺亜全摘術を選択する専門施設は減少傾向にあるのが実情です。当院でも、手術まで行う必要があるような病状や状況であるのであれば、再発しないことを最優先と考えるべきとの方針から、特に若年女性に関しては“甲状腺(準)全摘術”をお勧めしています。