妊娠とバセドウ病
バセドウ病は妊娠可能年齢の女性に好発しますので、バセドウ病加療中、あるいは、加療後の妊娠が問題になってくることがあります。
妊娠中の甲状腺機能の管理
抗甲状腺薬で加療されている場合、妊娠初期は甲状腺機能正常を目標に、妊娠後半になってくると、free T4が正常上限付近になるようコントロールする必要があります。これは、母体のfree T4が胎児のfree T4と相関するためで、母体が内服している抗甲状腺薬が胎児へ胎盤を介して移行するため、胎児の甲状腺機能が低くなり過ぎないところを目標とする必要があるためです。また、妊娠週数が進むと、母体の免疫異常が落ち着いてくる傾向があり、そのためバセドウ病の病勢自体も落ち着いてきます。そのため、必要な抗甲状腺薬の量が減ってくる傾向があります。これらの理由から、バセドウ病の薬物治療中における妊娠時は、妊娠経過に合わせて、適宜内服量の調節が必要となってきます。
抗甲状腺薬の胎児への影響
バセドウ病に対する内服薬には、メルカゾール、プロパジール(チウラジール)、ヨウ化カリウムがあります。メルカゾールに関しては、POEMスタディという本邦における研究(www.japanthyroid.jp/public/information/index.html)の結果、妊娠中のメルカゾールの内服が頭皮欠損、後鼻孔閉鎖、食道閉鎖、臍腸管瘻といった胎児奇形に関連することが証明されました。そのため、妊娠初期のメルカゾール内服は避ける必要があります。ただし、奇形に関する影響が危惧される期間を過ぎた妊娠16週以降であれば、メルカゾールの使用は可能です。
一方でプロパジールは現時点では妊娠初期に使用可能な抗甲状腺薬とされています。しかし、メルカゾールに比べ効果が弱いこと、重篤な肝機能障害や血管炎といった副作用の報告があることなど、メルカゾールに比べ母体にとっては注意すべき点がある薬剤となります。
ヨウ化カリウムに関しては、慢性的に大量のヨードを摂取すると胎児の甲状腺が腫大するとの報告があります。一方で、少量(6-40mg/日)のヨウ化カリウムで管理された場合、児の甲状腺腫の増大は認めなかったとの報告があります。そのため、病状に応じて投与量や児の発育に注意しながら使用することがあります。
バセドウ病の手術後、放射性ヨウ素内用療法後
バセドウ病の手術や放射性ヨウ素内用療法後で甲状腺機能のコントロールが問題のない場合でも、TRAbやTSAbが非常に高い場合は注意が必要です。妊娠成立時、一般的にはこれらの抗体は低下傾向となるため、多くの場合問題ありません。しかし、TRAbやTSAbの高値が持続する場合は、抗体が胎盤を通過して胎児の甲状腺を刺激し「胎児バセドウ病」を来すことがあるためです。
過去に手術や放射性ヨウ素内用療法を受けられて、経過が安定している場合でも妊娠成立時は自己抗体を含めた甲状腺機能のチェックが必要です。
新生児バセドウ病
バセドウ病で抗甲状腺薬にて治療中の母体から生まれた新生児が、出産後に甲状腺機能亢進症を来すことがあります。これを「新生児バセドウ病」と言います。
妊娠後期でもTRAbやTSAbが高値の場合は注意が必要です。新生児バセドウ病のリスクが高いと考えられる場合は、NICU(新生児集中治療室)を併設している総合病院での出産を検討する必要がありますので、適宜、産婦人科の主治医の先生と連携して対応させていただきます。
授乳と抗甲状腺薬
メルカゾールであれば、1日2錠、プロパジール(チウラジール)であれば、1日6錠までは母乳中への移行は問題ないとされています。これ以上の量が必要な場合、内服後6時間程度あけて授乳するなど、工夫することで母乳栄養の継続は可能です。
ヨウ化カリウムに関しては母乳中への大量のヨウ素の移行が生じます。児の甲状腺機能のモニタリングが必要となります。
妊娠と甲状腺機能低下症
妊娠中は、妊娠経過に伴って母体の甲状腺ホルモンの必要量が増えてきます。そのため、慢性甲状腺炎がある方の場合、妊娠前に投薬なしで甲状腺機能が正常であったとしても妊娠中に甲状腺ホルモンが不足してしまうことがあります。そのため、慢性甲状腺炎の診断を受けている場合は、妊娠時、甲状腺機能を確認し、甲状腺ホルモン内服の必要性などをきちんと評価する必要があります。また、慢性甲状腺炎や甲状腺腫術後、バセドウ病の放射性ヨウ素内用療法後などで甲状腺機能低下症になり、甲状腺ホルモンを内服している方の場合も妊娠の経過に伴い甲状腺ホルモンの増量が必要となることが多いので妊娠時は必ず甲状腺機能のチェックが必要です。
妊娠初期の甲状腺機能亢進症
妊娠初期には、甲状腺の病気の有無に関わらず、一時的に甲状腺機能が高くなることがあります。妊卵から分泌されるhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)というホルモンが過剰な場合に、hCGが甲状腺を刺激し甲状腺機能が亢進状態となってしまうのです。
hCGはつわりにも関係しますので、つわりがひどくなる時期(妊娠10週頃)に甲状腺機能亢進の程度が強くなり、つわりが落ち着いてくる頃には甲状腺機能も落ち着いてきます。
出産後の甲状腺機能
出産後は自己免疫性甲状腺疾患(バセドウ病や慢性甲状腺炎)が悪化することがあります。
一つは出産後の無痛性甲状腺炎があります。慢性甲状腺炎の既往のある方の場合、特に注意が必要です。通常は出産後2~4ヶ月頃を目処に発症することが多いです。
もう一つはバセドウ病の悪化です。妊娠中はバセドウ病の病勢が落ち着くことが多いですが、出産後は、産後4~7ヶ月頃を目処にバセドウ病が悪化することがしばしばあります。
以上のような理由から、甲状腺機能の異常がある方の場合、出産後も甲状腺機能の確認ならびに内服の調節が必要となってきます。
甲状腺疾患と不妊症
不妊症において甲状腺自己抗体(特にTPOAb)の存在や甲状腺機能低下(潜在性含む)の影響が指摘されており、不妊症女性に対する積極的な甲状腺ホルモンの補充が行われるようになりました。
甲状腺ホルモン剤は副作用が少なく、安全な薬剤ですので、妊娠に対する有益性に関する明確な根拠が証明されていない状態でも甲状腺ホルモン剤投与によって期待できる利益が投与しないことによる不利益の可能性を上回るという判断でTSH2.5μIU/mL未満を指標に積極的に投与されるケースが増えていました。
その後、米国甲状腺学会の2017年のガイドラインをベースにした治療で多くのデータが蓄積され、近年その方針の妥当性の評価が進んでいますが、以前ほど厳密に甲状腺機能を管理する必要性は乏しいという見解が現在主流になりつつあります。
これらに関してはまだ流動的な状態ですので、診察時に診察医から適宜説明させていただきます。